2009年03月01日

受験

先日、高校受験をしました。
大阪に知的障害児の受け入れとして自立支援コースというのができて、
4年目に突入します。
 
まだまだそのコースのある学校の数は少なく、
知らない人も多いし、競争率が高くて
最初からあきらめる人も多く・・・
 
ちぃは、最重度の知的障害児。
でも、障害の程度では、合否判定はしないし、してはいけないそう。
 
受験は、保護者同伴の面接のみ。
私ひとりで連れて行くのが大変なので、
お父さんも会社を休んで、一緒に面接に臨みました。
気合入ってるように思われたんじゃないかな?ドコモポイント
 
本当は、介助者がひとりでは大変なのです。
パニックになって走り回ったら、つかまえられなくなるし、
自傷しても激しいし、
最近は他傷もするし、
紙破りが好きだから、他人の大切な書類もやぶりかねない。
大きな声で大騒ぎになるし、
そんな時、私一人では、どうしようもないから〜ふらふら
 
でも、ちぃは、とってもごきげんさんで、
とってもお利口さんにしていました。
 
面接も、バッチリ手(チョキ)でした。
結局、障害のことを聞かれなかっただけでなく、
そこに結びつくような学校生活の様子は、聞かれませんでした。
マズイ!!
上記のことを知らないまま、合否判定するつもりなのぉ〜〜???
ちぃを受け入れれば、間違いなく学校中がパニックになるはず・・・。
そんなすごい子を受験させる親がいるなんて、想像していないに違いない。
 
帰り道、
「ちぃちゃん、おりこうやったなぁ〜。」とお父さんと私。
そして、
「でも、おまえ、これでもし受かったら、どうすんねん?!
毎日、送り迎えしなあかんやろ?」とお父さん。
「そうやん。もし、受かったらどうしよう〜がく〜(落胆した顔)」と私。
 
毎日の送迎だけでない。
学校の中で、いろんな問題が起こるかもしれない。
高校の先生は、中学以上に免疫がないのだから、
何度も話し合わないといけないかもしれない。
大勢の人相手に、ひとりで話をしないといけないのかも?
子ども達もほとんどの子が、初めてちぃに会う子ども達。
 
みんなにいっぱい負担をかけて、それでも、
それは、本当は、負担だけでなく、みんなにとっても
いろんなことを感じ、多様性を認め合い、学び育ちあうことでもあり、
決してマイナスなことではなく、むしろプラスの方が多いんだ〜
と、私がちぃと生きてきて感じたそのままを伝えることができるのだけど・・・ 
でも、理解してもらうには、時間がかかる。
3年かかっても理解してもらえない人もいるはず。
その労力が、どれほど大変かは、私はよく知ってるから〜もうやだ〜(悲しい顔)
 
絶対に受かるわけないしー。
そう思って受験したものの、絶対受からない!
というのが確実ではなくなってきたような・・・
 
あーダメダメ!
とりあえず、今は考えないでおこう〜
合格発表の日の結果を見たら、取り越し苦労になるんだから・・・
 
そんな風に思いながら、今日も過ぎていくー三日月
 
posted by イムニー at 00:10| Comment(0) | 障害児の高校受験

2009年03月03日

合格発表

今日は、先日受験した高校の合格発表でした。
 
発表は、2時からなので、1時すぎに中学へお迎えに行き、
それから高校へ向かった。 
お父さんも職場が近いわけではないけど、
仕事を抜けて来てくれた。
もしも合格してしまったら、その後に懇談があるということだったので。
 
時々雪が混じるような雨の中、
5分前に学校へ到着。
知り合いのMさんも気にして(?)
見に来てくださいました。 
(Mさん、わざわざありがとうございます黒ハート
 
寒いせいか、雨のせいか、たった5分の待ち時間で
ちぃは、かなりご機嫌ななめ。
結局、発表の掲示のそばへ行くまでに怒り出したので、
まずは、自販機でジュースを。
その間にMさんが見に行ってくださいました。
 
結果は、不合格でした。
どこかで残念に思う気持ちもありながら、
とりあえずのこれからの不安はなくなり、
ちょっとホッとしたのが正直な気持ち。
 
今は、まだ、ちぃが入学するには、
時期が早すぎる。
きっとちぃが入学すれば、一気に周りの人の意識の
改革はできるのであろうけど。
しんどいことばかりでなく、楽しいこともたくさんあるだろうし、

笑いながら卒業できるのだろうけど。
でも、卒業までの間には、そうとうな高い壁を
ちぃは、乗り越えていかないといけないだろうから。
ちぃも家族みんなもヘトヘトになるかもしれない。
 
一気に世界が変わらなくても、
ゆっくり変わっていってもいいな。
無理せずに、のんびり楽しみながら世界を変えていけたらいいな。
 
今日も楽しみながら、受験ということ、合格発表という
人生の場面を家族で共有できたことが、私達にとっては
とてもよかった。
 
友達同士ではしゃいでいる子。
そして、その横で、泣いている子も。
自分の合格を素直に喜べないともだち。
 
子ども達の悲喜こもごもの様子に
心打たれるものがあり。
その場に大人になった私がいること、
子ども達の気持ちを共有していることが
とても不思議で。
 
ちぃと一緒にいると、
私達家族は、本当にいろんな経験をさせてもらえる。
今日は、『受験』というものをすごく考えさせられた1日でした。 
ちぃの受験は、とてもいい経験となりました。
 
 受験してよかった。
 

posted by イムニー at 23:27| Comment(4) | 障害児の高校受験

2009年03月17日

公立高校後期受験

うちから一番近い高校・・・
に、おにいちゃんは通っている。
 
今年は、めずらしく定員割れ〜
後期受験、ちぃもさせようかな?と迷っていたけど
結局、それはやめた。
 
障害のある子が小学校にすら行くことのできなかった時代があり、
親や支援者が声をあげ、
やがて養護学校ができた。
 
そして、その養護学校でさえも重度の子は、
受け入れてもらえない時代もあった。
 
そんなとき、うちの市では、
障害のある子もない子も共に地域で受け入れよう〜
と立ち上がった先生達がいた。
保護者もがんばったのだろう。
 
次の扉を開くのは、私達の番。
 
だから、後期受験もするつもりだと、
校長はじめ、中学の先生達には伝えてきたのだけど・・・
 
府教委との懇談では、
介助者が二人必要だという申し出をされた方に
「配慮事項に原則付き添いは、ひとり、と記してあるから。」
「配慮項目を書いたプリントをもう全校に配布したから。」
「もう発表したから。」 
などとの答えに対して
 
「配慮とは、その人自身に合わせてするのが配慮でしょう?
なんで、紙に書いた内容に、『人』の方をあわせないといけないの?
それは、配慮とは言わないでしょ?
学校では、これまでそんな教育してきていないでしょう?」
 
そんな風に私も発言した。
 
それで、紙を破るのが大好きなちぃに対しては、
答案用紙を山ほど用意しておくとか、裏にセロテープを貼るなりして
破れないようにしておくとか、どういう手段でもいいので、考えてほしい。
うちも付き添いは、二人はいると思う〜
というようなことを伝えた。
 
懇談の様子を学校に知らせると
他にも色々と配慮してもらいたいことがある、と。
アメは食べさせてもいいのかなぁ〜?
たち歩いてもいいのかなぁ〜?
教室に物があると困るなぁ〜 等など。
 
アメですかぁ〜?!
そ、それは、ちょっとダメそうかもねーー。(私以上にすごい発想や!)
では、とりあえず、いっぱい書いておきます。
 
配慮して欲しいという内容を用紙に書いて提出した。
・大騒ぎすると、学校中に響くぐらい大きな声になると思う〜
・騒いだら、アメを食べさせると静かになるかも?
・立ち歩いても、無理に座らせないでください。
・付き添いは、2〜3人いた方がいいです。
・教室に何か置いてあると触ったり壊すかもしれない。
・その他、私よりも一番よく理解している中学の先生方の
指示通りでお願いします。
等など
そんな風なことを書いて、提出した。
 
別の知り合いの方が、
「『別室にして欲しい』って頼んだか?」と連絡くださった。
 
「あ〜。別にうちは、別室でなくてもどっちでもいいから
言わなかったですぅ〜。
だって、ちぃを別室にする、というのは、ちぃへの配慮ではなく
他の受験生への配慮だも〜〜ん!(笑)」と私。
 
「でも、試験中に騒いでつまみ出されたらどうする?」と。
 
「別室にしないわけないわ。
きっとつまみ出す前に、試験中に騒いだ時点で、
その試験場はえらいことになるので、そんなことできるとは思えない〜
騒ぐと学校中に響きわたるぐらいだと伝えたし。」 
(だから、絶対別室にしかしないはず。
こちらが、皆と一緒の教室で、と望んだとしても別室にされますよ〜)

と私。

だって、簡単につまみ出せるような子でもないんだもん。(笑)
大人の力が4〜6人はかかるんだもん。 
(中学からも、ちゃんと連絡が行ってるよ〜)
 
そして、、、
 
府教委からの回答としては、配慮としてお願いしていたことは、
 
付き添いに関しては、
やはりひとりだけ代読者として中学からということになり、
それでも、控え室に待機してもらって、必要な時に出て行ってもいい感じ。
それに、他に代筆者も、別のところからおひとり来てくださる、ということ。
結果的に二人になるということかな?
 
そして、細かいことについては、受験先の高校と話し合ってください、
となりました。
 
表立って、何もかもOKというわけではないけど、
結果的には、まあ、OKよ!ということらしい?!
 
ということで、本来ならこのまま受験すればよかったんだけど、
やはり5時間もの受験ついては、ちぃがしんどくなって自傷するだろうと思えて
今回、府教委に色々と考えてもらえただけで、よしとしたかった。
 
たくさんの方に受験に向けての準備をしてくださり、
本当にお世話をかけました。
ご迷惑おかけし、すみませんでしたー。
 
でも、、、おにいちゃんの学校の定員割れは、
ちょっと残念だったかな?
「あれ?ちぃちゃん、受験せーへんの?!」
と今朝のおにいちゃん。
「うん。やめたー。」と私。
「ふ〜ん。定員割れやったから、K校、受けたらよかってん。
ブラスバンド部はあかんで!時々乱入してくるぐらいやったらいいけど・・・」
と。
 
マジで〜〜?!
 
ちぃちゃん、うちに来んでいい!って、散々言ってなかったけ?
うるさい妹が来たら、色々とわずらわしくてイヤなんか〜と母は思っていたのに。
 
ということで、ちょっと残念に思えてきたやん。。。
 
 (でも、実は、定員オーバーだったのだった。。。)
 
 
 
posted by イムニー at 15:08| Comment(0) | 障害児の高校受験

2012年02月25日

心に聞いてあげて。

昨夜は、新たに復活した『とれぶりんかカフェ』へ。

みんなでつくる学校『とれぶりんか』は、

おじいさん・おばあさんの世代
 おばさん・おじさんの世代
  若者の世代
   こどもの世代

4つの世代でともに学びあうフリースクール。
世代を超えて、平和、福祉、人権、環境という4つのテーマで取り組んでいます。

その中の『とれぶりんかカフェ』は、
主に障害のある人が、店長さんやスタッフになって
がんばってくれています。
場所は、福祉会館の一室。

新しい店長さん、新しいメンバーが実行委員となって
昨夜は、生まれ変わったカフェへ行ってきました。

パパさんのサックス演奏もありました。

120224_195256.jpg

ちぃは、たくさんの人に会えて、
とってもうれしそうにしていました。

ちぃのこれからの選択についてを聞いたお姉ちゃんが
話に来てくれて、
当時のご自分の気持ちを聞かせてくれました。(彼女は障害のある人)
「おばちゃん、それ、いいと思うわ。」

親の思い、障害のある子の思い、
言葉がしっかりしゃべれる人でも、
親と子の思いが交差しているときは多々あり、
だけどきっと、それは健常者同士の親子でもそうだろうな。

「ちぃちゃんはしゃべらないから、本人はどう思ってるか?わからないねんけどね。」
と私が言うと、
「それはな、おばちゃん。心に聞いてあげるねん。心に聞いてあげて。」
「そうやんね。ずっとそうしてきたつもりやねんけどね。」

だけど、ちぃの気持ちに寄り添えているのか?
本当は確認したい。


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posted by イムニー at 08:30| Comment(4) | 障害児の高校受験

2012年03月24日

配慮受験で、高校生に!

大阪には、自立支援コースがある。

でも、それができる前から、
ずっと数十年も前から、
知的障害のある子も、高校受検してきた。
重度の子でも、高校生になっていたりする。

実は、ちぃも1週間前に受験した。
そして、昨日、合格した!

ちぃの場合は、昼間の学校ではなく、定時制高校にした。
昨日の合格発表のあと、
夕方から、学校説明会。

ニコニコのちぃ。
そんなにおとなしくはないけど、
2時間近くある説明会と物品販売にも、そこそこお利口に参加し、
生徒手帳用のかな?写真を撮る時も
ほんとにスムーズに、椅子に座って、すぐに撮れた。

その後、高校の先生と1時間程度、
今後のことについてを、ゆっくり話し合った。

もうすでに、在籍していた支援学校の方に出向いて、
特別支援コーディネーターの先生とも話をしてくださったそうで、
これからも、その先生と連携しながら、
ちぃにとっての学校生活を考えてくださるそう。
もちろん、親の私とも。

ちぃのような子が、なぜ、一般の高校へ?
と、たぶん、多くの方が思うだろうと思う。
きっとお叱り、ご批判もあろうことと思います。
でも、それも覚悟の上でのこと。

それについてや、受験までのこれまでのことを、
また、ゆっくりと順に書いていこうと思います。


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posted by イムニー at 06:10| Comment(2) | 障害児の高校受験

2012年03月28日

高校受験しようと思った理由〜その1

知的障害のある子の受験については、
前々から考えるところがあったのだけど、
ちぃの場合、普通の高校はしんどいだろうな、と思ってはいた。
それでも、大阪では、知的障害の子が、高校生になっていることは多い。
『重度』といわれている人も少なくはない。

確かに義務教育ではないけれど、
今や、高校に行きたくない人は、ほとんどいないのではないか?
かといって、高校までを義務化にすれば、
中学を卒業してからの夢を持っている一部の人の機会を奪ってしまうことになるし。

だから、逆に、高校生になりたい人たちへの門を広げてきたのが、
大阪なのかもしれない。
(大阪以外でも、一部地域では、あるのだろう。)

ちぃは、昔から学校が好きだ。
前にも書いたけれど、中学の卒業式の翌日から
車の中の激しい自傷が起こるようになった。
(今は、ほとんどなくなったよ。)

支援学校でも、やっぱり休み明けは、うれしそうに登校していた。
同年代や若い人たちの集団の中に入ることが、うれしいのだろう。

上のお兄ちゃんが、大学へ行くのに、
ちぃは、社会人(というのかどうなのか?)になるのは、
なんだか違うような気がしていた。

確かに母は楽やけどね。
毎日、送迎してもらって、事業所(作業所)へ通ってくれる毎日は。
毎日の送迎からも開放されるなんて。

でも、学校卒業してからの方が、ずっと長いやん!
ということに、高校生の年齢になってから、気づいた。
(もちろん、前から知ってはいるけど、意識はしてなかった。)

そして、支援学校へ行ってから、
初めて、
卒業後の進路が不足している、
とか、
福祉に関わる人が不足している、
とかを意識するようになり、
学校にいる間は、家と学校との行き来だけでもいいけど、
卒業後には、どうやって地域の人との関係をつくっていこうか?
なんて悩みがあることにも気づいた。

また、2年半前、施設作りの運動を学校側が保護者に言ってきたとき
違和感を感じたことのひとつに、
卒業後は、施設しかない、とする考え方だった。
もっと探せば、発想を変えれば、いろんな道があるのではないか?

同時期、
定時制高校に通っている人や、或いは、過去に通っていた人らが
皆、楽しそうに過ごしていることにも刺激を受けていた。

或いは、
定時制高校の教師や講師を経験されている方たちの
昼間の学校も、こんな風だったらいいのに、という話を聞いては、
そんな様子だったら、ちぃでも楽しめるかもしれない、と思えた。

そして、自分の家から近くに、定時制高校があることを、
ずっと後になってから、知った。

そんなことを感じたり、グダグダ考え続けている内に、
ちぃも、行ったら楽しめるかも?と思うようになった。

そして。
支援学校は、知的障害の人は、
高校の卒業資格(というのかな?)がもらえないのなら、
支援学校卒業後に受験できるのではないか?
と考えるようになっていった。
(実は、あとでわかったのだけど、これは違った。)

それでも、ずっと迷っていた。
今だって、それでいいのかどうか?迷っていないわけではない。

でも、これまで感じてきた集団の力による魔力を知っているし、
「○○高校の前を通ったら、制服姿の学生さんが出てきて、うれしそうにしてた。
ちぃちゃん、学校好きやねんねぇ〜。」
とヘルパーさんからも言われて、
母だけが感じているわけではないことを知ったり。

言葉では、うまく書ききれないたくさんのことを考え、
後悔しないための結論が、これだった。


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posted by イムニー at 13:00| Comment(0) | 障害児の高校受験

2012年03月29日

高校受験しようと思った理由〜その2

ちぃに障害があるとわかってからは、
少しでもこの子の障害が軽くなるために、と
療育先を探したり、ちぃみたいな子にいい、といわれることをしてみたり、
高いお金を払って、幼児教室に通わせたり、音楽療法も試してみた。

当時は、障害をマイナスとしか捉えてなかったからだ。

だけど、ちぃのことが、かわいくて、
愛しくて、愛しくて。
そのままのちぃが、大好きだった。

“障害が軽くなるために”
という気持ちは、
“少しでも生きやすくなるために”
と思う気持ちとは、若干(大きく?)違う。
けど、本来望むべきことは、

“少しでも生きやすくなるために!”

のはず。


ちぃが、生きやすくなるためには?
ちぃが、毎日笑って過ごせるためには?
きっと、今日まで、毎日いつでも考えてきたと思う。

ちぃ自身に、ひとりでできることを増やすことも、もちろん大事だけど、
それだけでは、生きやすくなんてないはず。

障害のある人への理解が、もっともっと社会に広まること。
社会全体が、誰にとっても優しい社会であること。

そして、障害のある人を理解してほしい、というならば、
私自身、障害のあるなしを問わず、
社会的にしんどい立場の人たちの理解をしていかないといけない。
そんなことを考えて、ちぃが小学生の頃から、研修や学習会などへ
参加するようになった。

フツーの子だって、子育ては大変だ。
DVの問題。在日の人たちの課題。
不登校やひきこもり。
ニートなど、雇用の問題だって、深刻だ。
そして、とれぶりんかでも取り上げているハンセン病元患者の人たちの問題。

しんどい問題を抱えているのは、大人だけではない。
子どもたちだって。
その子ども達を守るのは、大人。

結局、それらの課題は、すべて繋がってるんだ。

大阪の掲げている
「ともに学び、ともに生きる教育」というのは、
そういうしんどい課題を抱えた子ども達も(もちろん大人も)
皆一緒に生きていくよ、
一緒に社会をつくっていくよ、
ということ。

そして、よく言われるのが、
その中でも、特に障害のある子ども達にとって生きやすい社会にすることが、
すべての人にとって、生きやすい社会になる、ということ。

そして、また、言われるのが、
障害のある子にとって過ごしやすい学校が、
どの子にとっても、過ごしやすい学校である、と。

ちぃが中学の時、その学校に不登校の子は、ほとんどいなかった。
ちぃが入学する前にも、目だった障害のある子がいて、
生徒会の子たちも、一緒に、その子のことを大事にしていた。
(いや、ちょっとニュアンスは違うな。その子だけが大事にされていたのではなく、
お互いに大事に思いあい、対等につきあっていたんだ。)

ちぃの学年は、行事の度に、全員が揃い、
修学旅行にも、ひとりも欠けることなく、全員で行った。
(今や、こんな学校はめずらしいらしい。)

よく、クラスに障害のある子がいると、集中力がつく、といわれるけど、
ちぃの学年の子は、学力だって、平均点より、上だった。
(もちろん、元々頭のいい子が多かったのだとは思うけど、
学力低下なんかはしてない。)

そして、卒業後、1年?2年?してから、
学校が少しずつ荒れてきたらしく、
「前は、障害のある女の子がいたから、学校全体がまとまってたみたい。」
と、PTAのお母さんたちの間で、ちぃの話題が出てたよ、と
お友達が教えてくれた。

前にも書いたけれど、
「ちぃちゃんが、今、なんで怒ってるんやろう?何で泣いてるんやろう?
と、みんながちぃちゃんの気持ちを考えるようにしていたら、
結果的には、ちぃちゃん以外の友達の気持ちも、考えられるようになった。」
と担任が言ってくれたこと。

や、

卒業式での
「これまで教師をやってきて、
3年間での成長がめまぐるしかったのはこの学年が一番!!
すごくびっくりしている。」と先生が話をされた後に、

知り合いのお母さんが
「さっきの話やけど、ちぃちゃんがいてくれたことで
これだけあの子らが成長したんやと思うわぁ〜。
少なくとも、私は、そう思ってるから。」と言いに来てくれた、こと。

実は、私自身が、ちぃと過ごす中で、実感し、肌で感じてきたことだ。

障害があるから、と排除すれば、
やがて、障害がなくても、その次に立場の弱い子が排除され、
その子を排除すれば、そのまた次に弱い立場の子が、排除され、と
そんな学校や社会になっていく。

その逆で、障害のある子、特にちぃみたいな重度な子が
皆の中で、一緒に過ごすことは、学校全体だけではなく、
社会全体を、助け合える優しい社会にすることへと繋がるのではないか?
人の気持ちを想像できて、相手を思いやる気持ちを育み、
多様性を認め合える、そんな人間関係を学校生活で育てておけば、
結局は、誰にとっても、過ごしやすい社会になるのではないか?

塾じゃないもん!学校だもの!
学力をつけること、それだけが学習ではないはず。

うまくは書けないけど、そんなことを、色々思い、考えて、
高校へちぃみたいな子が行くことは、意味あることになるのではないか?
少なくとも、大阪の先生方は、『その通り!』と思ってくださる方は多い。

それは正しい!間違っている!などと、
議論してもらったらいい、と思ってる。

批判や中傷などもあるかもしれない。
いいんじゃない?それでも?!

これまで、大阪で、こんなすばらしい道を作ってきた先輩たちは、
きっと、皆、それだけ、たくさん傷つきながら、
それでも、その分、たくさんの仲間や繋がりを作って、
今も、笑いながら、輝きながら、まっすぐと生きているのだから。

そして、障害のある子を地域で受け止め、
実践を積み重ねてこられた先生方に感謝!


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posted by イムニー at 07:23| Comment(2) | 障害児の高校受験

2012年04月14日

自問自答は続いているけれど…

今週一週間、ちぃを高校へ送っていき、
母も、ずっと学校に待機していた。

別に意識して観察しているわけではないけど、
先生方が、生徒の方に声かけたりしている様子を見てたら、
先生方の愛情を感じられた。

今年の受験、
ちぃは、最初から、この高校にしよう〜って思ったけど、
他の知的障害のある知り合いの方たちは、
当然ながら、昼間の高校を第一希望にされている方ばかりで。

その方たち、定員オーバーの中で、
知的障害があっても合格された方が、少なくなかった。

うれしい!と思いたいけど、
手放しでは喜べなくて…

中学時代、不登校だった人とかが、不合格になっているわけで。
学校へ来ていない以上、内申点をつけたくてもつけれないそう。
だから、毎日登校している知的障害のある子の方が、
テストで点を採れなくても、内申点が高かったりする。

公立の高校をあきらめて、
私学の学校へ行ける人は、まだいいけどね。

そもそも・・・
昼間の学校より、夜の学校の方がいい!
そう思って、選択された方は、どのくらいおられるのだろう?
多くの生徒たちは、本当は昼間の学校に行きたかったのかもしれない。
おそらく、個々に、様々な事情を抱えてられるのだろう。

色々、考えさせられてしまう。

そして、そんな個々の様々な思いに
心を傾け、そして、彼らに心から信頼してもらおう〜
と、そんな姿勢を、先生方から感じられた。

受験前、本当に受験していいのかどうか?
合格してからでも、本当によかったのかどうか?
迷いながら、前に進んできた。
もちろん、それ相当の覚悟も持っていたのだけど。
それでも、いまだに、自問自答は繰り返される。

でも、まだまだ、どうなることか?わからない学校生活だけど、
少なくとも、ここの先生方に出会えたことを
よかったなぁ〜、と心から思えた。

そして、ちぃ自身も、
この一週間、すごくご機嫌で学校の門をくぐっている。
どちらかといえば、逆にテンションが高すぎて(うれしすぎて)
笑い声が、うるさすぎて、ハラハラしたけれど、
でも、昨日から始まった授業では、
さすがに少しテンションも落ちて、
それがちょうどいいぐらいにおとなしくなっていたよう。笑

ちぃには、ちぃのクラスの近くに、別室も用意してくださっているけど、
「まだ、一度も使わなくても済んでいるんですよ。」と。

まあ、まだ授業時間が短いのもあるし、
このまま、ずっとおとなしいわけではないでしょうけど、
ありのままのちぃの姿を知ってもらうしかないしな、という感じ。

何かあれば、その都度、その都度、同じ目の高さで、考えてもらえそうです。


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posted by イムニー at 15:08| Comment(0) | 障害児の高校受験

2012年05月29日

高校受験しようと思った理由〜その3

『高校受験しようと思った理由〜その1』にも記していたけど、

【卒業後の進路が不足している。】
とか、
【福祉に関わる人が不足している。】
というのは、どうすれば解決するか?と考えてみた。

結局は、“知ってもらうこと” だと思う。

どこかに書いたように思うけど、
ちぃがまだ小学生の頃、
ちぃみたいな子が行ける作業所?なんて、ないのではないか?
と思え、
いつか親が作らなきゃいけなくなるかも?
だったら、今から、それ考えとこう〜!と
いくつかの事業所さんへ見学に行った。

知人と子育て支援のNPOを立ち上げ、
法人取得や運営の勉強もした。
10年後を見据えて・・・

でも・・・
本当は、親が!よりも、
そういう人を見つけなさい!と言われたことに、
激しく共感!!

でも、それ、どうやって?!

思ったのは、
・できるだけ多くの人と繋がること。
・ちぃを知ってもらうこと。

主には、この2点かな?

あれから7〜8年が経っているけど、
今も、その気持ちに変わりはない。
しいて言えば、ちぃを知ってもらうこと、というところから、
ちぃに限定するのではなく、できるだけ多くの障害のある人のことを
知ってもらえるといいな、と思うようになったこと。

今、障害福祉関係の仕事に就いてる人の中で、
障害のある人の気持ちがよくわかってるなぁ〜って人に出会った時、
「なぜ、この仕事に就きたいと思ったのですか?」
と聞いてみたら、

ほとんど全員の方が、障害のある友達と過ごした経験を話してくださる。

そして、そのほとんどの方が、
一緒に成長を喜べる、こんなすばらしい仕事はない!
というようなことをおっしゃってくださる。
その気持ちが、すごくありがたくて、うれしくて。
誰かがしないといけないから、自分がしよう!
というのではなく、心から、この仕事に就きたい!
と思ってくださるのなら、そんな人たちと出会いたい!

もちろん、障害のある人と一緒に過ごした人全員が、福祉の仕事に就くわけなんてない。

だけど、一緒に過ごさなければ、
そんな気持ちの育つ人にも、なかなか育たないのじゃないだろうか?

福祉の仕事に就かなくても、
障害のある人を雇用したり、
同僚たちが、理解してくれるのであれば、
どれだけ障害のある人たちが働きやすくなるだろう?

理解してもらう為には、口で言うよりも、
やっぱり一緒に過ごしてもらうことだなぁ〜
って思う。

そして、親亡きあと、ひとりで生きていく術を身につけるのなら、
ちぃには、 “人と繋がる力” “自分の気持ちを伝える力”を身につけてほしい、と思ったの。

だから、ちぃみたいな子も高校に行ける大阪にいて、
高校受験しなかったのは、やっぱりもったいない!と思ってしまったの。

とはいえ、高校で、友達との関係がうまく作れるかどうか?は、
さ〜っぱりわからない!
確かに、たくさんの人に迷惑かけてしまうかもしれない。

だけど、なんでもやってみないとわからないから。
4年後の卒業を迎える時、どうなっているか?
期待して?orあきれながら、見守っていてくだされば、と思う。

ついでに、ちぃみたいな子が高校生になるんなら、と、
小学校や中学へ入学をさせた(させたい)
ドキドキハラハラの親御さんたちの気持ちが、少し楽になるといいな。


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posted by イムニー at 13:40| Comment(0) | 障害児の高校受験

2012年06月06日

高校受験するための資格

ちぃは、3年前、支援学校高等部に入学した。
入学前から、支援学校では、高校卒業の資格(証明?)は
もらえないと聞いていた。

すごく失礼な気もするし、理由を聞くと、納得させられる部分もあり。
でも、お子さんによっては、なんだかなぁ〜という感じ。
ちぃに関しては、まず本人がどうでもいいはず。

3年前、中学卒業後の進路については、色々考えた。
結局、やはり学校生活を送らせてやりたい!と思い、
ちぃでも、すんなり入学できる支援学校にしたのだけど。

当時は、私自身、仕事もしていたので
毎日の送迎をすることにも躊躇していた。
だから、それほど前向きに高校受験を考えなかったのだろう。
自宅から案外近いところに定時制高校があることにも気づかなかった。

それに気づいたのは、ちぃが、高校2年生になった頃だったと思う。
ちょうど施設作りの運動をした方がいい、などと、
学校からそんな話が持ち上がり、
私自身が、支援学校卒業後の進路として、
お兄ちゃんが大学へ行くんだから、
ちぃにも、もっと何か体験させてやりたい!
などと深く考えはじめたからだろう。
二つの情報を重ね合わせ、つい、ひらめいてしまった!

高校卒業の資格がないのなら、
高校受験しちゃおうかな?と。

それでも、もちろんすぐに決断したわけではなく、
それから、ゆっくりゆっくり考えていった。

過去には、支援学校卒業されて受験された方の事例が複数あることを知り
少し安心していた。

けれど、先に結論から言えば、
現在、大阪府では、支援学校卒業後は高校受験できない。


高等部3年生になった頃も、まだまだ迷ってはいたけど、
中学の校長先生に挨拶に行き、
支援学校の担任や進路の先生、校長先生らに
受験する意思があることを伝えた。

受験するには、出身中学からの受験ということになり、
書類なども、すべて中学校側に作ってもらわないといけない。

受験しようと思った理由なども、
それぞれの先生方へ順に丁寧に伝えていった。(つもり)

中学の校長先生と支援学校の校長先生、
そして、受験校の高校の校長先生らが、互いに連絡を取ってくださり、
一緒に考えてくださったようだ。
どの校長先生も色々考えてくださり、動いてくださったようで、本当にありがたかった。

校長先生らは、支援学校卒業した後に受験できるかどうか?は、
『できるような気がするけど、一度、確認した方がいい。』
と、そのことを心配くださり、
私の方は、
「もし、支援学校卒業後に受験できないのなら、退学して受験します!」
と伝えていた。

実は、これ、すごくドキドキしていた。
そう言っておかないと、本当はできるのに、『できない』と言われそうな気がしたから。
そう言っておいただけで、現実には、まだ、その時は考えていなかった。

たぶん、最初に、《支援学校卒業生には受験資格がない》とわかっていたら、
高校受験は考えなかったと思う。
でも、その時、口に出したから。
前例があるから、受験できない、といわれると思えなくて。
(昔と今とでは、変わっているのだそう。)

内心は、本当は、まだまだ受験すら迷っていた。
でも、表面的には、受験する方向で動き出したため、
やはり高校受験させたい!と強く思うようになっていった。

な〜んだ、やっぱり親が受験させたいだけじゃん!と思われるだろうけど、
ちぃにとっては、きっといい経験になるはず、という確信はあった。
ただ、私にとっても、受験させるためには、《覚悟》や《勇気》が必要だったから。
でも、このまま受験しなかったら、絶対に後悔すると思い、
ちぃは、卒業前に、支援学校を中退した。

大阪では、支援学校を卒業した場合、
高校の普通科は、受験できないのだそう。
普通科でなかったら、受験できるらしい。
というか、一般の高校生も、自分の卒業した科以外の科は受験できるのだ。

つまり、普通科を受験した人が、商業科で学びたい、となれば、商業科を受験できるのだとか。
(もし、受験を考えている人がいたら、正確な情報は、教育委員会へ聞いてくださいね。)

他府県では、今でも支援学校卒業後に高校受験できるところがあるらしいので、
法律的には、本当は可能なのでは?とも思えるのだけど、
とにかく、ちぃは、受験するために中退した。

困ったのは、PTAの役員を引き受けてしまっていたことだ。
いや、役員をやっていようがいまいが、
中退して受験するなんて!と、多くの批判を浴びても仕方ないかな?と思う。

私自身が、本当に、人としても、母親としても、正しい選択だったのか?は、
正直、よくわかっていない中での選択だったのだから。
(定時制高校への入学は、ちぃにとっては、必ずプラスになると感じているし、
喜んでくれるだろうと思っていた。
ただ、卒業させないこと、中退させることは、本人はどう思うだろう?
と、随分迷った。)

それでも、こんな発想もできるんだと知ってもらえたら。
常識にとらわれなかったら、きっと、もっと、いろんな発想ができると思う。

そして、知的障害のある子の高校受験について、
考えるきっかけになれば、なお、うれしい!
わかってるよー。
賛否両論あることも、批判されるであろうことも!
だから、受験を終えるまでは、内緒にしておこうと思っていました。
結局、過去のことになった為、今さら、もういいかな?という気にもなり、
なかなか書く気になれなくて。
今頃の報告になってしまって、ごめんなさい。


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ありがとうございました。(*^_^*)
posted by イムニー at 20:10| Comment(0) | 障害児の高校受験

2013年03月25日

知的障害のある子の高校受験は、そろそろ当たり前に?!

土曜日は、
『みんなといっしょに高校へ行きたい!』
という「障害」のある子どもの高校進学を考える学習会へ
参加してきました。

この会の皆さんには、
ちぃもこれまで、たくさんお世話になってきました。

実は、自立支援コースがあることは、
大阪の中学の先生らには、当然ながら情報としてあるはずですが、
それでも、中学校側から保護者や子ども達へ
その情報を伝えない学校も、まだまだ多く、
よく把握されていない先生も、まだまだ多いように感じます。

まして、
一般受験を障害のある子ができることや
知的障害のある子にも配慮受験があることを
知らない先生方も多いようです。
(こんな配慮受験が可能である、というような
一覧を載せた用紙が、府教委から市教委を通して?各中学校へは
配布されています。けど、その配慮項目以外にも
必要であれば、個別に配慮してもらえる内容があることを
中学の先生方は知らない場合も多いです。)

ちぃが支援学校へ行くと、
配慮受験で高校受験できることを知ってる保護者は、
ほとんどおられなかったように思います。

もっと情報は、全ての人に伝える努力を、行政にはお願いしたいし、
私自身は、そのために自分ができることをしていきたいと思います。

ただ、その一方で、
情報を掴むことをあきらめないでほしいな、と思っています。

モノの考え方を変えるだけで、
生き方そのものが変わっていくというか・・・。

障害のある子は、
小中学校は、支援学校か地域の学校へ行き、
高等部は、支援学校しかなくて、
その後は、就労移行や就労継続、生活介護の事業所に行くというのが
当たり前だ!と思い込んでいたら、
結局、そのまんま、そのレールに乗ってしまうだけだし、
もし、卒業後に障害者の事業所が全然ないよ、と言われると
ものすごーく不安にかられてしまうー。
(過去にあったように、学校から施設作りの運動しなさい、と言われれば、
それに素直に従ってしまう〜恐ろしいことです。)

けれど、我が子がどう生きたいのか?
あるいは、どう生きて欲しいのか?
保護者自身が、どう生きたいのか?
それが明確になっていれば、
今ない道を、どうやって作っていこうか?
というところへ焦点を合わすことになるから。

そして、その思いを口に出し、
周りに伝えていくことで、
同じ思いを持つ人が、自然に集まってくるし、
何かに引き寄せられるように、協力してくれる人が
集まってくる。

不思議だけど、やっぱり必然だ。

或いは、自分らがどう生きたいのか?が
明確になっていないのなら、
逆に、ここへ行くのが当たり前!なんて、
思い込まないことだと思う。

できるだけたくさんの意見を聞くことだと思うー。
相反する意見どうしも聞くことで
自分らがどう進みたいのか?!が、より明確になっていくはずだし、
自分で自分に無理!とブレーキをかけていたことが
どんどんと崩されていくと思う〜。

というか、
とにかく、これしかない!という思い込みは
絶対に捨てた方がいい!

(と、偉そうに書いているが、
たまたま身近にいたお友達が、
当時は、その高校進学を考える学習会の主催者の代表を
努めていたせいで、私自身、簡単に情報を得ることができたんだ。
皆さんには、とっても感謝!)

今、ちぃには、介助員さんもついてくださる。
勉強がわかりにくいお子さんには、学習サポーターがついてくださったり・・・。
すべて制度化されてきている。

配慮受験もそうだし、自立支援コースにおいては、
面接のみだ!

そして、進級するにも、その子に合わせた頑張りを認めてくれるようになった。
入学後の心配は、入学してから考えるのも一つかと?(笑)

でも、
かつては、
定員割れの学校に、配慮受験なしで、
でも、学校生活に不安があるからと、
お母さんも一緒に高校受験をして、
親子で一緒に高校生になられた方もおられるし、
定員割れでも不合格になった方がおられる。
けど、そういう方って、そう簡単にはあきらめない。
そして、あきらめない人には、
たくさんのサポーターが集まってくる。

やがて、
1点だけでも点数が取れる子は、定員割れなら合格させてくれるようになり
今は、定員割れなら、ちぃみたいな子でも誰でも合格させてくれるようになった。
過去の保護者の方々が、諦めなかった結果、
少しずつ少しずつ変わってきた。

「そんなん無理に決まってるやん!」
「できるわけないやん!」

と言う方が楽かもしれない。
けど、そうやってブレーキをかけてしまうのは、
自分自身だものね〜。


先日、バッタリとお会いした方から
「ちぃちゃん、高校生活どお?」
と聞かれ、
楽しく通っていることを伝えると

「卒業後は、就職やな?」
と言われましたー(笑)

私の方からは
「大学かなぁ〜?授業料が払えるかどうかわからへんけど・・・」
と言うと、

「大学なんて、いつでも行けるやん!
就職は、高校の先生方が一番動いてくれるから、
今のうちの方がええで〜!」
と。

「でも、うちの娘は楽させようと思ってるから〜(へへ)。」
と伝えると、

「なんで〜?楽してお金もらうんやん!
そういう風に社会を変えていかなあかんやん。」
と。

確かに!!
それについては、また、次の記事にでも書こうと思います。
とりあえず、今行ってる昼間の事業所さん(職員さん)は
親子共々、とっても気に入ってるので、
特に就職は、今は考えてないけど、
でも、そういう発想をバカにしていては、いけないんだよね〜。
そういう発想で動いている人は、ホントに案外うまいこと
自分(その子?)に合う居場所(職場?)を見つけていくんだから・・・
(もう、びっくりするし!笑)

とにかく、
自分で自分にブレーキかけないようにしていたい。

ついでに、
自分が道を切り開かなくても、
すでに、たくさん道のできている大阪に住んでるんなら、
行く行かないか?は最終的に決めるとして、
高校受験を一度は考えてみないともったいないよーー!
或いは、他にも新しい発想が出てきたなら、
また新たな道をあなた自身がつくることになるかもしれない〜

いろんな人がいろんな発想を持って展開していけば、
きっと社会が変わると思う〜(^-^)
もう少し浸透したら、
知的障害の子の高校受験も当たり前になるんだろうなぁ〜。
やがて、重度と言われる子の就職だって・・・

そして、
ええな〜大阪〜(←大阪の人違ったら、こんな言い方しないかー笑)
と思っている方は、ぜひ、ご自分の地域でも
ステキな道を切り開いてくださったら、
きっとたくさんの方が喜ばれると思います。

とかなんとか書きながら、
私やちぃは、
出来上がっている道に乗っかってるだけだから、
楽々コースを進んでいます。
せめて、情報発信だけは、がんばっていければ、と思いながら・・・

さて、誰かのお役に立てているのかどうか???

(多分、続くー)



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posted by イムニー at 12:29| Comment(2) | 障害児の高校受験

2013年10月15日

昔から、障害がある子も高校へ行ってた?!

(タイトル、なんか違うなーと思い、
変更しています。^^)

以前の記事
に、少し記していましたが、
高校へ重度といわれる障害のある子を
受け入れていた(交流していた)ことはもっと昔からあったようです。

今、大阪で障害のある人も高校進学できるように
動いてこられた方なのですが
当時、ご自身の中学入学時に、
1年上とか2年上の障害のあるお友達が
一緒に入学したとか。

当時は、就学猶予や就学免除制度があり、
重度といわれる障害のある友人は、
入学を免除されていて、
それでも、中学校へ行きたい!という強い希望から
1年遅れとか2年遅れになった時期に
地元の中学への入学が叶ったとか。

そうして一緒に学校生活を送ってきた皆が、
中学3年生となり、高校受験をする時期に
今度は一緒に高校へ行こう!
というか、
一緒に高校へ行けないのはどうしてよ?!
と、
生徒たちの間から声が出て
(生徒会で?)署名運動を始めたとか。
 
結局、当時、高校合格は無理だったけれど、
地元の高校での交流が始まったのだそう。
最初は、週に1回、午後にある大型ホームルーム?の時間に
来てもいいよ、ということになり
その後、お昼休みから来ていいよ、ということになり、
やがて、その日は、朝から来てもいいよ、
という風に、次第に『交流』する時間を増やしていったとか。
最後は来たい時には、毎日でも来てもいいよ、
ということになり、結局、一緒に全ての授業を受けるようになったとか。

これまで共生教育のことをよく聞く
A市でもなく、B市でもない
C市でも、
そうやって、障害のある人とない人が、
なんで分ける必要があるん?
一緒が当たり前やん!
それらが、子ども等の間の意識となり、
子ども等の姿を見て
周りの大人たちも、おそらくその影響を受けたのでしょう。
 
・・・ということが、当然といえば当然ながら、
そう根付いていたことを知り、
逆に、なんで、全国へ、その意識が
まだあんまり広がってないんだろう?と
少し不思議にも思います。
でも、少しずつ浸透してきているのかな?

今は、高校受験に限らず、
いろんな意味で、昔よりは制度が充実してきている。
逆に、人が制度に縛られていることはないかな?

「そんなん無理やん!」
と自分でブレーキかけなければ、
いくらでも発想の幅は広がると思うのです(^-^)

posted by イムニー at 10:56| Comment(2) | 障害児の高校受験