2010年06月22日

障害がわかるまで・・・(その1)

生い立ちについて
質問があったので、記しておきます。
 
 ☆  ☆  ☆
 
結婚してから、
一人目は、男の子で、
二人目は、女の子が欲しいな〜
と思っていた。
 
そして、結婚してすぐに妊娠し、男の子を授かった。
できれば、このまま年子で生んで、
早めに子育てを終えて、
また、バリバリ働きに行きたい!
というのが、私の希望だった。
 
そして、その通り年子で生んで、
生まれた赤ちゃんは女の子。
ピンクのかわいい服を着せて
リボンもつけて、
かわいいおもちゃで、一緒に遊んで・・・
夢が、広がった・・・
 
生後1ヶ月の頃、 
おでこに、大豆位に出っ張ったぐりぐりがあった。
3ヶ月検診のとき、保健士さんに聞くと
「なんでしょうねぇ〜。大きさが変わらないのなら、
緊急性はないと思うので、
病院へ行く機会があった時に
看てもらってください。」
 
その後、何かの機会に病院へ行くと
いつもの先生ではなく若い女医さん。
「なんでしょうね〜。脂肪がぷくっと膨れることがあります。
もうちょっと様子みてみましょう〜」
 
そして、
10ヶ月の頃に突発性発疹で、発熱。
病院へ行ったとき、
おでこのことを質問すると
「脂肪なら、やわらかい。こんな固いことはない。
すぐにレントゲン撮りましょう〜」
 
そして、レントゲンの結果、
「これは、腫瘍やね〜。
良性か悪性かを調べる必要がある。
病院を紹介するから、MRIを撮りましょう〜」
「それから、脳の萎縮がみられます。
この月数なら、もう少し脳のひだが増えている
はずなんですが、発達はどんな感じですか?
おすわりやハイハイはしていますか?
6ヶ月検診は行かれましたか?」
と。 
 
そういや、6ヶ月検診は行ってない。
 
「おすわりもハイハイもまだしてません。
おすわりは、上の子も遅かったので。
首のすわりは、上の子よりも早かったし。」
 
でも、6ヶ月になるまでに、
寝返りは、していた。
 
おすわりとハイハイは、1歳までにできれば
問題ないだろう〜と思っていた。
 
そんなこんなで、MRIを撮ってもらう病院と
発達検査のために、保健所へも行くように指示され・・・
 
そして、おでこの腫瘍は、
悪性ではなく、良性でも取っておいた方がいいだろう〜と。
ただ、おでこの部分は、きれいには取り除けない、と。
 
《良性だとしても、手術になるんだ。》
《え?きれいに取り除けない、って???
悪性だったら、死んでしまうの?!》 
 
お医者さんの話を事務的に聞きながら、
家に帰った。
看護師さんが優しく
「大事になっちゃったね。」
と話してくださったことも
頭の中でグルグル〜〜
 
グルグル・・・
グルグル・・・
グルグル・・・
 
ほんとに大事になっちゃった。
とめどなく涙があふれてくる。
 
もしも、悪性だったら・・・?
手術のあとは、どうなるんだろう?
もしも、知的障害があったら・・・?
もしも・・・?
もしも・・・?
 
考えるべきことも、次々とあふれてくる。
 
どうしたらいいのか?
何も・・・
何も・・・
わからない・・・
 
そして、もうひとつ問題が・・・
病院や保健所に行く度に
上の子を誰かにあずけないといけない。
 
母に頼めば、朝早くから快く引き受けてくれる。
でも・・・
義母が、上の子をあずかりたくて仕方ない。
ということは、
家の中を片付けないといけない。
 
もう、頭の中は、ぐちゃぐちゃだ!
 
               (つづく)
posted by イムニー at 10:00| Comment(2) | 生い立ち

(その2) 不思議な体験・・・

MRIの結果が出るまでの数日間、
なんて長かったのだろう〜 
私は、ずっと家の中にこもっていた。
 
誰とも会いたくない。
誰とも話したくない。
 
頭の中は、不安だらけ・・・
子ども達がいるから、なんとか日常をこなしていた。
 
土曜日の朝、
お父さんがガバッと飛び起きて、
『今、すごい夢を見た!』と。
 
その日は、菊花賞?(違うかも?)
競馬のレースを今、目の前で見ていた。
夢とは思えないぐらい、現実に見ていたぐらい、
鮮明だったと。
そして、実況中継できるで!
と。
レース展開を私に説明してくれた。
 
これは、馬券を買わないと!
とパパは、大阪市内の実家へ行った。
 
その間、私は、自宅で
何度も神棚に手を合わせていた。
『パパが、馬券なんかで、運を使いませんように・・・』 
何度も何度も拝んでいた。
 
こんな時に、とても気持ちの悪い夢だと思った。
神様に、私達、試されている?
と思った。 
 
夕方、家に帰ってきたパパ。
レース展開のすべてが、パパの夢の通りだった。
やはり、本当にデジャブ体験となった。
そして、わざわざ実家に行ったのに
馬券を買いに行かなかった。
お兄さんらは、子どもの運動会で買いに行けなくて、
『そんな夢見たんなら、絶対、買ってきてー!』
と何度も頼まれたらしい。
なのに、なぜか買いに行かなかった。
 
実家にいるみんなからは、散々、
『アホやなぁ〜〜』
『もう〜なんで買ってきてくれへんかったん?!』
と言われまくって、叱られていたらしい。
自分でもなんで買いに行かなかったんやろう〜?
みたいなことを言ってたので、
 
家で、私が、『買いに行かんといてー!』
と神棚に拝んでいた話をした。
『そんなことに、運を使わんといてー』
 
とにかく、ホッとした。
そして、おでこの腫瘍は、良性だろう〜と確信した。
久々に少し安心した。
 
               (つづく)
posted by イムニー at 12:00| Comment(4) | 生い立ち

(その3)よかった、よかった。

結局、MRIの結果は、やはり良性だった。
 
よかった〜(ホッ)
 
但し、腫瘍の細胞を摂取して病理学的検査をしないと
100パーセント確実ではないということと、
良性の腫瘍が放っておいて悪性になることもあり得るから、と

やはり取り除く方がいいだろうということになった。
 
手術をするために、別の病院へ行くと、
今度は、 パーキンソン病の疑いがある、とか言われ、
それはないだろう〜と私には思えた。

(診察室の前で次の番になって待ってる間、
中での子どもとのやり取りが聞こえていて、
とても信頼できない医者だと感じたから〜)

でも、おかげで、阪大病院を紹介してもらった。
 
同じ頃、保健所で、発達検査をしてもらっていた。
やはり数ヶ月遅れているということに。
 
最初の病院の先生が
発達の遅れでリハビリが必要かもしれないから、と
ボバース記念病院を紹介してくださった。
ボバースの先生は、
「もう少し成長して頭が大きくなったら、腫瘍は目立たなくなるから
良性なら、切らなくても大丈夫!
女の子だし、顔のとこ、いじらん方がいいでしょう。
また、あなたのお子さんの場合は、リハビリの必要はない。」
と。
 
阪大病院へ行くと
「(ボバースの)あの先生が言うなら、大丈夫やろ!
切らなくていいでしょう。」と。
 
よかった・・・
 
手術しなくて済んだ・・・
 
よかった〜 
 
最初に紹介された病院で手術してたら、大変やった・・・
 
よかった、よかった・・・
 
結局、馬券で儲けていても同じ結果だったのかもしれない。
でも、あの時、買わなくてよかった。

難波まで、すぐに買いに行けた状況だったのに

パパも買いに行かなかったことも不思議・・・ 
 
とにかく、ホッと一段落。 
 
その後、阪大病院へは、
3ヶ月ごとに発達検査に通うことになった。
 
    (つづく)

posted by イムニー at 20:00| Comment(0) | 生い立ち

2010年06月23日

(その4)娘が生きてる!

腫瘍は、良性だったようだし、
手術もしなくて済んだ。
 
最初から悪性の可能性の方が低いだろう〜とも
思っていた。
それでも、どんなに可能性が低かったとしても、
良性か?悪性か?のそのどちらかだということは、
結局2分の1の確立だった。
 
「おでこの腫瘍は、きれいに取り除けない。」
と言った医者の言葉が忘れられず、
最悪、死んでしまうのではないか?
ということを本気で考えてしまった。
 
悲惨なニュースを見る度、
自分だったら・・・?
うちの家族だったら・・・?
想像したことは、何度もあるけれど、
 
想像と現実はちがうということが
よくわかった。
 
今となれば、な〜んだ、たいしたことなかったんだ、
と思えることなのに、
当時は、最悪の場合も覚悟するような状況だった。 
数日間、娘の死とも向き合うことになった。
 
そのせいだろう〜
あのときから今日までずっと毎日、
横に娘がいることが、すごくありがたくてうれしい!
 
 “今日も娘が生きてる!”
 
 “今日も一緒にいられる!”
 
それ以外に望むことってある???
 
今日も娘と一緒にいられることは、
すごいことなんだ〜〜
 
毎日がそんな気分・・・
だから、他に何があっても、
今日も娘が生きててくれるから、
だから、今日も
 
 “とってもハッピー!”
 
posted by イムニー at 10:36| Comment(2) | 生い立ち

(その5)障害児だと確信するまで・・・

手術はしなくて済んだけど、
発達の遅れは深刻になっていった。
 
1歳半検診の後、保健師さんに紹介していただき、
市の親子教室へ週に1度、通うようになった。
行ってみて、びっくり!
どの子も、ちぃよりもしっかりしていた。
それぞれ、発達の遅れや
コミュニケーションに不安がある、
と指摘を受けているはずなのに。


けれど、
親子教室の先生方は、
まだ障害があるかどうかわからない、と言う。
しかも、その可能性はあるのか?
という質問にも答えてくれない。
まだわからない〜
それよりも、お母さん、がんばって!
と。
(医者でもない先生方が、勝手に言うわけに
いかないのだろうか?)
 
どっちなんだろう〜?
健常児だけど、単に遅れているだけだろうか?
イヤ、少し遅れているだけに違いない!
だけど・・・
 
そんな不安が、
そこに通う母親達皆を一番、苦しめた。

(ただ、うちの場合は、医者にも指摘を受けていたので

可能性はとても高いと思っていたが)
 
学期に1回ずつ個人懇談があって、
母親ひとりに、3名の先生方が、
必死で、障害児用の療育施設への入園を説得してくる。
 
親には親の考えがあり、
子どもに何を望むか?
何を願うか?
どんな風に子育てしたいと思っているか?
それらは、家庭によって違ってくるから、
勧めるのは構わないけど、
3名の先生方の価値観を
そのまま母親に押し付けてくるのは、
どうかと思った。
 
親子教室にいた心理の先生の発達相談も、
相談すればする程、
母親達のストレスは増えることが多かった。
 
先生方の執拗な施設入園への説得は、
クラスの母親達は、皆、辟易していて
私達母親同士、団結できたのは、よかったかも?
それでも、やがて説得に応じ、
やはり子どものためには、その方がいいかな〜?
と入園を決断した人たちもいた。

(近くの公立保育園はいっぱいで、
私立の保育所の受け入れはよくなかったからが理由だったと思う)

親らは、冷静に判断して、
我が子の行くべき道を決めていったのだろう。
私は行くなら保育園へ!
という判断を変えることはなかった。

(空きが1年以上、待った。)

親子教室とは別で、

阪大病院の何度目かの検診で
「小学校に入学時には、
養護学校か?養護学級の選択を迫られるでしょう〜」
と医者に言われた。
 
2歳をすぎた頃(2歳半?)だったと思う。
さっさと障害児だと断定してもらったことは、

やはりよかったと思う。
まずは、はっきり確定してから、
そこからスタートなんだと思う。 
 
 
 ☆☆ ちぃについての情報 ☆☆ 


首のすわりは、標準よりも早かったような・・・
その後、
  5ヶ月で  寝返りを打ち
 11ヶ月で  ハイハイをし
 1歳0ヶ月で おすわり
 1歳1ヶ月で つかまり立ち
 1歳5ヶ月で 歩き出した
 

(但し、健常児でも1歳半をすぎて歩き出した例もあるなど
個人差があるので、あまり参考にはならないと思う。)
 
posted by イムニー at 18:00| Comment(0) | 生い立ち

2010年06月24日

(その6)だから、悩むのはやめよう〜

一番つらかったのは、
親子教室の中で、一番発達のゆっくりのクラスの中で
ちぃが、ずば抜けて遅れている、と思えたことと、
表情が乏しいことだった。
 
みんながおいしそうに食べているおやつも
ちぃだけが、ビスケットもカステラも粉々にしていたし、
名前を呼ばれても、返事ができない子なら何人かいたけど、
上手に手をあげる子は多かった。
ちぃは、手をあげるどころか、振り向きもしない。
母を追うこともなく、たま〜に他のお母さんの
ひざの上に乗っては、すました顔をしていた。
 
それでも、医者に言われるまでは、
知的障害があるとは、ずっと認めたくなかった。
 
でも・・・
 
障害の『疑い』が『確定』された。
 
だったら、いつまでも『どうしよう?』
と悩んでいるのは、やめよう〜
悩んでも何も変わらないから。
 
それよりも、この子の為に
どうしたらいいか?
この子が、どうしたら幸せになれるか?
それを考えよう〜
 
死んでしまうことと
障害児を育てることと、
どっちの方がイヤ?
って、レントゲンを撮ったあとに自問自答していたけど、
その時、私は何もわかってなかったんだ。
 
生きてる!
 
それだけで、すごいことなんだ、と。
 
だから、悩むのはやめよう〜
今、横にいるんだもんね。
 
生まれてくれて、ありがとう〜
 
これから一生、
その気持ちを忘れないでいよう〜
 
そんな風に心に誓ったのでした。
それでも、時々、悲しくなっては泣いたり、
落ち込んだりはしていた。
泣きたい時は、思いっきり泣いた。
だけど、ちぃに「ありがとう〜」
って思いだけは、忘れないでいた。
 
posted by イムニー at 22:58| Comment(0) | 生い立ち

障害児だからこそ、楽しいねん!

ちょっと中断・・・ 
 
結局、『生い立ち』の記事、
なが〜くなってしまいました。
もう少し続きそうです。
 
ちょっと読むのがかったるいかも?
そうだったら、すみません。
 
私も当時のことを色々と思い出して
当時の思いがあふれてきました。
きっと、その時の様子を知りたい親御さんも
多いのでしょうね。
今、まさに、どうしたらいいのかわからなくて
悩んでいる保護者の方々・・・
 
そんな方にとっては、
サッカー観戦どころじゃないかも?
天と地がひっくり返ったような気分ですよね。
 
でも、よく見たら、
天と地がひっくり返ったりしてないし。
ちゃーんと毎日、朝になるし、
本当は、暗闇の中に迷い込んでいるわけでもなく
当たり前の日常の中に、みんな同じように
いるんですよね〜。
 
健常児じゃなくて、わが子に障害があった、
それだけのことです。 
不幸なことでもなく、

恥ずかしいことでもなく、

特別なことでもない。
そんなに悩まなくても、フツーに子育てしてたら
勝手に育ちますよ〜(笑)

って、笑い事じゃない?よね。

だけど、笑えますよ〜障害児の子育ては。(笑) 
 
生きてたら、色々あります。
死んじゃったら、何もなくなるけど・・・ 
せっかく生きてるんだから、
色々経験した方がいいよー(^_^) 
障害児の子育てしていたら、
これから、いっぱい出会いもあります。
感動もあります。
おもしろいことは、山のようにあります。

毎日が刺激的です!
今まで、特に気にもとめなかったことが
新鮮に感じられるようになります。
でもね、
泣いてばかりいると
嘆いてばかりいると、
結局、な〜んにも気がつかないし、
見えるものが見えないよ〜 


せっかくだから、一緒に楽しみましょう〜
 

 
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posted by イムニー at 23:58| Comment(0) | 生い立ち

2010年06月26日

(その7)我が子をしあわせにするための法則?

ちぃに知的障害がある、とわかったものの
最初は、
どうやって育てよう?
私に障害児が育てられるのだろうか?
将来、どうなっていくのだろう?
色々な不安がいっぱいだった。
 
障害児だったら、幸せになれない?
 
いやいや・・・
 
そんなことはないはず。
 
障害児だったら、幸せになれないわけじゃないし、
健常児だったら、幸せになれると限らないし。 
 
ちぃをしあわせにしたい!
 
そのためには、どうしたらいいんだろう?
 
そもそも
しあわせって、何?
 
母として願うのは、
ちぃが、毎日笑って暮らせるということ。
そして、家族や周りの人たちに
いつも愛されていること。
 
毎日笑って暮らせていたら、
そして、家族に愛されて育っていけば、
ちぃは、しあわせなのじゃないだろうか?
 
では、ちぃに毎日楽しく笑って過ごしてもらうためには
どうすればいいのだろう?
 
きっと母の私が、
毎日笑って楽しそうに過ごしていれば、
ちぃだって、楽しく過ごせるんじゃないかな?
きっとそうだ〜
 
だから、
これから
母が、毎日楽しそうに過ごそう〜
 
そんな風に思ったんだった。
posted by イムニー at 19:43| Comment(0) | 生い立ち

2010年06月27日

(その8)それで今に至る。

母の私が毎日ウキウキ楽しく過ごすことを
心がけていたら、
表情の乏しかったちぃが、
本当に急激に表情豊かになっていった。
よく笑うようになった。 
 
ちぃがよく笑うようになったら
パパも私も、一層、毎日楽しくなっていった。
 
そうしたら、
ちぃは、もっとよく笑うようになった。
 
そうして、
表情が豊かになっていった。
(喜怒哀楽が激しくなった。汗)
 
家族みんなが
生活を楽しむようになった。
 
おかげで、気持ちにゆとりができた。
それが、そのまま
今現在も続いているのだと思う。
 
posted by イムニー at 00:36| Comment(4) | 生い立ち